「涙の種蒔き、喜びの刈り取り」  

2026.8.2.     礼 拝

詩編126:1-6(P971)     「涙の種蒔き、喜びの刈り取り」

私たちの信仰の歩みは、種を蒔く人の歩みとも言えます。ただ、すぐに芽を出すとは限りません。種を蒔くことが無駄であるように思えたり、諦めてしまったりすることもあるのです。しかし、主は、そんな私たちの現実という壁を打ち破ってくださるのです。

1.希望

イスラエルの民たちは、バビロン捕囚という苦しみの中にいました。そんな彼らが生まれ故郷であるエルサレムに帰ることができるようになったのです〈1〉。このことは、常識で考えるならばあり得ないことでした。主は、希望を与えてくださいます。過去ではなく、未来を見させてくださるのです。希望は主にあります。

2.期待

イスラエルの民たちがエルサレムに帰ってきた時、全てが荒れ果てた状態でした。それでも彼らは、「主よ、わたしたちのために/大きな業を成し遂げてください。」〈3〉と信仰の告白をしたのです。私たちがおかれている状況は、良い時ばかりではありません。けれども、主に不可能なことはありません。主のなされる御業に期待しましょう。

3.喜び

主は、どのような状況の中にあったとしても喜びの歌を与えてくださいます。なぜなら、主が良い土地を備え、芽生えさせ、育て、身を結ばせてくださるからです〈マルコ4:8〉。今、涙を流しながら種を蒔いていたとしても、そこには必ず喜びの刈り取りが備えられています。主にある喜びを日々握りましょう。

種蒔きの先に、刈り取りがあります。今は、何も見えなかったとしても、主は働いてくださっています。信仰を持って主が成し遂げてくださる大きな業を見させていただきましょう。