「絶対的恵みに心を向ける」   片平勝師  

2026.6.21.     門真聖会 聖会Ⅰ

哀歌3:22-25(P1289)      「絶対的恵みに心を向ける」

この哀歌の著者エレミヤは、絶対に滅びることなどありえないと信じられてきた聖なる都エルサレムと神殿の崩壊を目撃した人でした。現実に起こった出来事を受けて、その嘆きと苦しみの言葉がこの哀歌には満ちています。でも、エレミヤの言葉はそれで終わりませんでした。それでも、絶えることのない慈しみを下さる神をここで語り出しているのです。

Ⅰ.絶対に絶えないいつくしみがある

エレミヤは、バビロン捕囚による都と神殿の崩壊は、神の裁きであると、正しく受け入れていました。でもその状況のただ中にいても、彼は神さまから目を離すことはありませんでした。彼は、絶対に絶えない慈しみをくださる神を信じていたからです。

Ⅱ.さらに恵みを待ち望む

そこには、本物の希望をもって神を待ち望む、エレミヤの姿がありました。彼は、心から「神さまこそ自分が受ける祝福のすべてだ」と告白できました。そうして神さまがご覧になっている祝福とご計画を、待ち望む者とされていたのです。

Ⅲ.今のくびきを負うことを喜ぶ

くびきに良い印象を持つ人は少ないかもしれません。でも、くびきの片方にイエスさまがいてくださるのであれば、話は別です。わたしたちにとって最高に幸いを経験することができるでしょう。

過酷な状況を経験するような時、それでもエレミヤのように神さまを仰ぎ続け、また正しくその御心に心を向けることができるならば幸いです。神さまは、その御手をもってわたしたちを祝福へと導いてくださるでしょう。