「主の証人として」

2015.11.1.       礼 拝

 

エゼキエル 3:1-15     「主の証人として」

 

巻物で腹を満たす 〈3〉

▽主の証人は、まず、神のみ言葉を食べなければなりません〈1〉。食べるだけではなく胃袋に入れ、腹を満たす、つまり、自分自身が御言葉から命を得るのです。

▽そして毎日の生活の中で主と親密な交わりをして、御言葉が甘いという体験、即ち主の御言葉は生きていて、すばらしいことをしてくださるという体験が必要です〈3〉。

▽〈2〉「主が私に食べさせ」とは、聖書は「神の霊感を受けて書かれたもの〈Ⅱテモテ3:16〉」だから、自分勝手に解釈するのではなく、聖霊の助けにより解釈し、理解することです。

 

捕囚となっている同胞のもとに 〈11〉

▽主の証人は、同胞の所へ行き、主の言葉を語らなければなりません〈4〉。しかし、彼らは罪の捕囚となっているので〈11〉、主の言葉を聞こうとはしません〈7a〉。

▽彼らは「額も硬く心も硬い」人々です〈7b〉、彼らは「神を知りながら、神として崇めることも感謝することもせず、空しい思いにふけり、心も鈍く暗くなって」います〈ロマ1:21〉。

▽しかし、主が証人の額もダイヤモンドのように彼らよりも硬くしてくださるので、「反逆の家」の人々を、恐れることもひるむこともないのです〈9〉。

 

聖霊に引き上げられる 〈12、14〉

▽主の証人を聖霊が引き上げてくださいます。「引き上げる」とは、聖霊の力によって強くされることで、同じ言葉が2度くり返され〈12、14〉強調されています。

▽たとえ困難な状況であっても、また、たとえ私たちが無力であっても、聖霊が私たちを強くして、その状況に打ち勝ち、乗り越えさせてくださいます〈14〉。

▽聖霊がエゼキエルを導かれたことを〈12-15〉、心に留め、私たちもエゼキエルのように、聖霊に心を動かされ、主の言葉を語るように心がけましょう〈11〉。