「人は何ものなのか?」  

2026.6.14.     礼 拝

詩編8:1-10(P840)      「人は何ものなのか?」

「人間は何ものなのでしょう」〈5〉という問いは、私たちの人生の中で究極のテーマであるとも言えます。聖書が教える答えは、意外にもシンプルであり、神に愛されているものということなのです。神の愛とは、一体どのようなものなのでしょうか。

1.神の目線

この詩編の作者は、空を見上げました。そこには、月や星がありました〈4〉。これらのものは、決して偶然に存在しているのではなく、全てが神の創造の業なのです。自然を見る時に、私たちはちっぽけな存在に感じます。しかし、神は、そんな中からもあなたという人を見つけ、あなたに目を留めてくださるのです。

2.特別な存在

神の目から見る時に、私たちはちっぽけな存在ではなく、特別な存在です。神に僅かに劣るものとして人は造られたからです〈6〉。ただ、特別な存在としてふさわしく歩むことができていません。それは、罪のために神から離れ、自分勝手に歩むようになったからです。そんな私たちのために神は独り子を惜しまず与えてくださいました〈ヨハ3:16〉。

3.新しい歩み

詩編8編は、賛美に始まり、賛美で終わっています。しかし、その中に込められている思いは変わっているのです。私たちは、罪のゆえに神から離れました。けれども、主イエス・キリストの十字架によって神との関係が回復されたのです。そして、神を賛美する者とされているのです。私たちは、喜びと希望の中を神と共に歩むことができるのです。

神は、そのままの私たちを受け入れてくださいます。私たちは、変わることのない愛で愛され続けているのです。日々、神の愛を確認しながら、一歩一歩進んでいきましょう。