礼拝のお話し

2019.5.19.       礼 拝   

 

ヨハネ福音書13:1-17(P194)       「弟子の洗足」

 

この上なく愛し抜かれた 〈1〉「最後まで」・「残るところなく」・「極みまで」

▽「この上なく」とは、時間的な最後まで・成し遂げる・完了する、という意味。

▽イエスの愛を受け取りそこねていないか。

※ イエスは十字架上で「完了した」と叫ばれた〈ヨハ19:30新改訳〉。イエスの愛は十分です。

 

足だけでなく、手も頭も 〈9〉

▽足を洗うのは奴隷の仕事。イエスはどんな気持ちで一人ひとりの足を洗われたのか。

▽イエスは、「もし、足を洗わないと、何のかかわりもなくなる」と言われた〈8〉。

※ 数時間後、ペトロはイエスとのかかわりをなくしかけたが悔い改めた〈ルカ22:62〉。

 

お互いに足を洗い合わなければ 〈14〉

▽イエスは弟子たちに模範を示され、「互いに足を洗い合え」と命じられた。

▽あなたはイエスに足を洗っていただかないと、他者の足は洗えない。

※ 「御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます」〈Ⅰヨハ1:7〉。互いに足を洗い合って、「幸いな人」になろう!〈17〉

2019.5.12.       礼 拝   

 

ローマ書11:13-24(P290)       「新しい接ぎ木」

 

あなたが根を支えているのではなく、根があなたを支えているのです〈18〉。

 

接ぎ木としての恵み

りんごの木に梨がなっている?「接ぎ木」という方法を知っていますか?(=木の枝が何かの原因で枯れてしまった所に、別の種類の枝を挿して栄養が届くようにする。)こうすると、根元の木と実っている実が違うことが起こります。

組み合わせの相性も関係がありますが、うまく育てるポイントは栄養が届くように挿すことです。聖書の時代にも見られることでした。

 

救いの基

パウロは異邦人伝道に召しを受けていましたが、ユダヤ人の救いを諦めていた訳ではありませんでした〈12〉。救われた異邦人への注意が例を挙げて語られています。木は根から栄養を受け、根によって支えられているからです。

私たちが高慢になる時、本質に目が向けられなくなる時があります。

 

神様の慈しみを覚える

異邦人の救いには、神様のご計画がありました。信仰生活の中で、何事にも自分に都合の良い解釈〈19〉をするのではなく、根本には「神様の慈しみがある」ことを覚えて感謝するものとなりましょう!

そのままの木と接ぎ木では、成長するのにどちらがより手間が掛かるのか?大きな恵みです。

 

お祈り 天にいます父なる神様、御名を崇めます!私の救いが神様の計画であり大きな恵みであることを感謝します。いつも驕らず正しい信仰によって行動できますように。イエス様の御名によってお祈りします。アーメン

2019.5.5.       ウェルカム礼拝   

 

マルコ福音書10:46-52(P83)       「何をしてほしいのか」

 

盲人であったバルティマイは、道端に座って物乞いをしてしました〈46〉。そんな彼を変える一つの出来事が起こりました。それは「イエス・キリストとの出会い」です。イエス・キリストは彼に何をしてくださったのでしょうか。

 

1.叫びを聞いてくださる

バルティマイは「わたしを憐れんでください」と叫び続けました〈47-48〉。「このお方なら何とかできるかもしれない」と考えたからです。イエス・キリストその叫びを聞かれました。周りから邪魔者扱いを受けるような人であってもイエス・キリストには大切な人なのです。

 

2.全ての問題を解決してくださる

彼は完全にイエス・キリストのことを理解していた訳ではありません。しかし、その中でも踏み出した一歩にイエス・キリストは応えてくださるのです。「何をしてほしいのか」〈51〉と聞き、彼が抱えていた全ての問題を解決してくださったのです。

 

3.新しい歩みを始めさせてくださる

イエス・キリストと出会った後の歩みはこれまでとは違っていました。そこには喜びがありました。彼はイエス・キリストと共に歩む道を選んだのです〈52〉。私たちも新しい歩みを始めることができます。その鍵はイエス・キリストを私の救い主として受け入れることです。

 

あなたも「何をしてほしいのか」という言葉に応答する者となりませんか。そして、今日からイエス・キリストと共にある新しい歩みを始めていきましょう。

2019.4.28.       礼 拝   

 

創世記18:22-33(P24)P       「執り成し手となる」

 

教会では「執り成して祈りましょう」という言葉をよく耳にします。それぐらい執り成すことは大切なのです。では、私たちが執り成し手として歩むために必要なことは何なのでしょうか。

 

1.主の前に進み出る

アブラハムは執り成し手として立ち上がりました。それは、そのところに執り成す必要があったからです。誰かのために私たちができることは祈りです。小さいことのようですが、最も素晴らしいことです。私には難しいではなく、主の前に進み出る者となりましょう。

 

2.諦めずに願い続ける

私たちは現実を見る時に諦めてしまうことがあります。その中でアブラハムは大胆に行動しました。しつこいぐらい彼は願い続けたのです。ここが大きな転換点となりました。現実ばかりを見るのではなく、主を見上げていきましょう。何度でも主はその祈りを受け止めてくださいます。

 

3.結果を主に期待する

「主は必ず聞いてくださるはずだ」とアブラハムは信じていました。その通りに主はアブラハムの祈りを聞かれました。そして、ソドムの町が滅びる中でロトを救い出されたのです〈19:29〉。素晴らしい御業を私たちに見せてくださるのです。大いに期待する者となりましょう。

 

主イエス・キリストは私たちのために執り成してくださいました。今日もこの愛を受けて執り成し祈る者となりましょう。

2019.4.21.       イースター礼拝   

 

マタイ福音書28:1-10(P59)     「あの方は、ここにはおられない」

 

「あの方は、ここにはおられない」〈6〉。あの方と呼ばれるイエス・キリストはどのようなお方なのでしょうか。イースターはなぜ喜びの日なのでしょうか。

 

1.逆転を与えてくださる

墓を見に行った彼女たちの様子は、行きと帰りで大きく変わっています。その中心にあるのがイエス・キリストの復活という事実でした。死から勝利されたイエス・キリストの逆転を知る時、私たちの心も悲しみから喜びに逆転することができるのです。

 

2.励ましを与えてくださる

イエス・キリストは不安の中でも走り出した彼女たちの前に立っておられました。決して偶然にそこにいたのではなく、行く手に立っておられたのです〈9〉。そして、声を掛けられました。私たちの状況を知り、必要としている励ましの言葉を与えてくださるのです。

 

3.新しい歩みを始めさせてくださる

新しい歩みの鍵は十字架と復活にあります。イエス・キリストは私たちの身代わりとなって十字架にかかられました。また、死で終わりではなく三日目に復活されたのです。このことを受け入れる時、そこから新しい歩みが始まっていきます。その道は悲しみではなく、喜びに満ち溢れた道なのです。

 

イースターの日はあなたのために与えられた日です。今日、この喜びの日を自分のものとしてしっかりと握る者となりましょう。

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