礼拝のお話し

2019.9.22.       礼 拝   

 

ローマ書8:26-27(P285)       「祈りを遠ざけるもの」

 

祈りを計画しないから

▽あまり祈らないのは祈ることを計画しないからです。祈るためには時間をつくる必要があるということを意識しないからです。

▽私たちの行動は優先順位に従います。祈らなければと思っていても、そのことを何よりも先に実行しなければ意味がありません。

主イエスも、そしてパウロも祈るために特別な時間をもたれました。「イエスは人里離れた所に退いて祈っておられた」〈ルカ5:16〉。

 

途中で思考が漂流するから

▽私たちは、祈りの途中で思考が漂流することで悩みます。それは祈っている時、日常生活のいろいろな思考が入り込んでじゃまするから。

▽それを防ぐ方法は二つあります。一つは「声に出して祈る」こと。そうすれば自分の思いを言葉で表そうとする力が心を整理するからです。

▽もう一つは「みことばに結びつけて祈る」こと。みことばを心に焼きつけ、それを握って、また、聖書の模範によって祈ること(特に詩編)。

 

祈りのリスト(項目)を作る

▽祈りのリストをまとめずに、きちんと祈ることは難しい。まず、祈るべき人や事柄を具体的にリストを作り、それを挙げて祈ります。

▽そのために、リストを記憶し、またはメモにして祈ります。また、短期間に区切って祈ることと長時間続けて祈ることを分けます。

最も大切なこ とは、全知全能の神は、御子イエスの御名によって祈る祈りは必ず答えてくださると確信し、聖霊に助けられ祈ること。

2019.9.15.       礼 拝   

 

イザヤ書46:3-4(P1137)       「わたしが担い、背負い、救い出す」

 

私たちの人生は良い時もあれば、悪い時もあります。時には希望がないと感じるような苦しい状況におかれる時もあるでしょう。そんな時、私たちは何に頼っているでしょうか。今日、真に頼るべきものは何なのかということを改めて確認していきたいのです。

 

1.私たちを担ってくださる

私たちの信仰生活は、失敗の連続だと言っても良いかもしれません。イスラエルの民たちも、失敗・助け・失敗のくり返しでした。それでも、主はわたしが担うと言ってくださるのです。あなたは主によって造られ、愛され、今ここにいます。この愛を覚えて、心からの感謝をささげましょう。

 

2.私たちを背負ってくださる

人生は、どのように進んで行ったら良いか分からないものです。そして、このことで多くの人たちが悩んでいます。主はそんな私たちを背負い、導き続けてくださるのです。また、主に背負われて進んで行く時、そこには安心があるのです。主が与えてくださる安心の中で一歩一歩進んでいきましょう。

 

3.私たちを救い出してくださる

目の前の状況は困難なことばかりかもしれません。しかし、主はそのような中から私たちを救い出してくださいます。私たちはこのことは難しいのではと勝手に諦めてしまいますが、主に不可能なことは何一つありません。主に全てを委ね、今の状況を主の前に祈る者となりましょう。

 

主は私たちの全生涯を担い、背負い、救い出してくださいます。どのような時にも主に信頼し、主と共に歩んでいきましょう。

2019.9.8.       礼 拝   

 

エレミヤ書20:14-18(P1215)       「苦しみの中に」

 

呪われよ、わたしの生まれた日は。……祝福されてはならない〈14〉。

 

エレミヤの告白

エレミヤは神様から召しを受けた正しい預言者でした。しかし、彼は自分が命を受け世に生まれ出たことを呪っています〈14-18〉。預言者は自分の希望では成れません。重要な人物が自分の存在自体を否定する状態です。

エレミヤの置かれた苦しい状況は、私たちの想像を超えるものでした。

 

預言者の役割 〈23章〉

エレミヤは23章で、当時の預言者について語ります。「わたしは夢を見た」と言う言葉に、偽りの預言者は自分の心が欺くままに預言します〈26〉が、正しい預言者は忠実に神様の言葉を語ります〈28〉。民にとって心地良い言葉は、民を迷わせ何の益ももたらさない〈32〉のです。

エレミヤは預言をすることで、民から迫害を受けましたが、それは民を救う結果となります。

 

私たちの人生は

苦しみの中にあって、エレミヤは神様を否定しませんでした〈13〉。彼は神様の言葉を正しく語り続けました。私たちの人生に与えられた賜物があります。これをどのように用いて生きていくのでしょうか?

神の前での正しさを意識する時、私の置かれている状況は主を賛美する場所となります。

 

お祈り 天にいます父なる神様、御名を崇めます!あなたが私たちを召し集めて下さっていることを感謝します。状況によらず、忠実に従っていくことができるよう助けてください。イエス様の御名によって祈ります。アーメン

2019.9.1.       ウェルカム礼拝   

 

ルカ福音書15:1-7(P138)       「迷子の羊」

 

羊にたとえられた人間

▽羊はとても弱い動物――攻撃をする武器を持っていない。近視。一匹では生きられない。群れから離れたら迷子になる。羊飼いが必要。

▽羊が迷子になる死につながる。聖書が語る「いのち」とは? ①肉体的命。 ②精神的命。 ③霊的命。

「主なる神は、土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」〈創2:7〉。これは人間だけ。

 

生きるとは?

▽新約聖書で「いのち」の原語は、ほとんどが「霊的いのち」のこと。すべての人は迷子の羊と同じく死んだ状態。霊的に死んだ状態が「罪」。

「一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死はすべての人に及んだのです。すべての人が罪を犯したからです」〈ロマ5:12〉。

▽霊的に死んでいる人は、肉体的、精神的に元気であっても、何か満たされない、もの足りない、生きている実感がない生活を過ごしている。

 

羊飼いが必要です

▽帰る所が分からないから迷子です。迷っている羊が本来いるべき所に帰る方法は一つだけです。羊飼いに見つけ出していただくことです。〈4〉

▽イエスは約束してくださっています――〈ヨハ10:10-11〉と。

「見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り」、人々を集めて祝会を開いてくださるイエス〈5、6〉抱かれ、真に幸いな人生を歩んでください。

2019.8.25.       礼 拝   

 

ミカ書7:7(P1457)       「主を仰ぎ見る」

 

預言者ミカは、エルサレムの人々の状況を見て嘆きました。それは、人の力ではどうすることもできないほど荒れていたからです。けれども、彼は嘆いて終わりではありませんでした。「しかし」と主を仰ぎ見たのです。

 

1.主は働いてくださる

ミカは、困難な状況で主を仰ぎました。このことはただ見るという意味だけではありません。主がしようとすることを見張るという意味なのです。主はどのような状況の中にあっても働かれます。そして、私たちは主の御業を見ることができるのです。いつも主に期待していきましょう。

 

2.主は救い出してくださる

私たちが現実に目を向ける時、とても厳しいものであるように見えるかもしれません。ミカにとってもそうでした。しかし、主はそのような中から必ず救い出してくださるのです。主に不可能なことは何一つありません。このことを信じて、主を待ち望む者となりましょう。

 

3.主は願いを聞いてくださる

私たちは自分の力でどうにかしようとまず行動します。けれども、そんな時こそ主は願いを聞いてくださるお方であることを覚えていきたいのです。主はたとえ嘆きや叫びであっても聞いてくださり、応えてくださいます。どのような時にも主にすがり、主を一番にする者となりましょう。

 

主はいつも変わることなく働いてくださる私たちの主なる神様です。困難な状況の中でも「しかし」と主を仰ぎ見る者となりましょう。

月別のメッセージ

カレンダー

2019年9月
« 8月    
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930  

facebook


わたしたちの教会は、

聖書信仰に立つ
正統的キリスト教会です。

門真キリスト教会
牧 師:前川 圭司
伝道師:濱崎 恵太
牧 師:濱崎かおり

日本アッセンブリーズ・
オブ・ゴッド教団

関西教区

https://ag-kansai.com 

日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団・関西教区

access counter

  • 70439総閲覧数:
  • 8今日の閲覧数:
  • 28昨日の閲覧数: