礼拝のお話し

2019.3.17.       礼 拝   

 

マラキ書3:14-18(P1501)       「記録の書」

 

何の益があろうか 〈14〉

▽私たちは自分がしたことの報いを期待する。しかし、報いがないと?

▽それが奉仕に対する熱が冷め、途中でやめる理由。

▽南ユダの民も「神に仕えることはむなしい。たとえ、その戒めを守っても、何の益があろうか」とつぶやいた。

 

記録の書が書き記された 〈16〉

▽主は、民の正直な不満に対し、何と答えられたか?

▽主は、私たちの失望も不満も弱さもすべてを理解しておられる。

▽主は言われる「主を畏れ、その御名を思う者のために記録の書が書き記され」ていると。パウロも言っている。〈Ⅰコリ15:58〉

 

わたしにとって宝となる 〈17〉

▽なぜ神は記録の書を書き記しておられるのか?

▽目の前の現状がどうであれ、主は必ず記録の書に従い報いられる。

▽旧約最後のメッセージ〈3:17-18〉は、新約最後のメッセージ(イエスの最後の約束)にくり返されている。〈黙22:12〉

2019.3.10.       礼 拝   

 

サムエル記上6:10-16(P436)       「神と共にある恵み」

 

主が与えてくださった恵みは、イスラエルの民たちだけではなく、今を生きている私たちも体験することができます。主は私たちにどのような恵みを注いでくださっているのでしょうか。

 

1.私たちは主と共に歩むことができる

ペリシテ人が用意した雌牛はただまっすぐにイスラエルの民たちのもとに進んでいきました〈12〉。それはそこに主の計画があったからです。主はたとえ失敗ばかりを犯す者であったとしても、共に歩んでくださいます。何があったとしても見捨てることはないのです。

 

2.私たちは主によって喜ぶことができる

主の箱が帰ってきた時、彼らはそれを見て喜びました〈13〉。ここまでの彼らは喜びが全くないような状況でした。しかし、そんな中にあって主は喜びを与えてくださいました。私たちが抱えているマイナスを打ち破るような大きな喜びを与えてくださるのです。

 

3.私たちは主を礼拝することができる

彼らは喜んだだけではなく、続けて焼き尽くす献げ物を主にささげました〈14-15〉。それは、主の素晴らしい御業を見る時、礼拝せずにはいられなかったからです。礼拝は、主が私たちに備えてくださった恵みの時でもあります。日々、主の恵みに感謝し、主を礼拝する者となりましょう。

 

主は私たちがどのような状況でも共にいてくださいます。今日も私たちに注がれている「神と共にある恵み」を体験しましょう。

2019.3.3.       ウェルカム礼拝   

 

ルカ19:1-10(P149)       「イエスを見たい」

 

イエスをどんな人か見ようとした 〈3〉

▽ザアカイは、神に背き、お金を偶像とした者の代表〈2〉。

▽木に登るくらいだから? イエスを見たいと求める時、イエスに出会う。

▽ベンハーを書いたイレー・フォレス。

イエスは言われた。「聖霊は私について証しするものだ」〈ヨハ5:39〉。

 

イエスがザアカイを見た 〈5〉

▽イエスは、取税人ザアカイではなく、ザアカイそのものを見た〈9〉。

▽彼は、自分から本来の自分を捨てたが、主は彼を「みなしご」にはしない。

▽他者を見る時、自分と同じ罪を赦されるべき罪人として見よう。

 

ぜひ、あなたの家に泊まりたい 〈5〉

▽イエスは「急いで」と言われた。

・「悔い改める一人の罪人については(中略)、大きな喜びが天にある」〈ルカ15:7〉。

▽イエスの叱るのではない〈5〉の言葉が、彼の人生を逆転させた。

※ イエスの愛に満ちた言葉は、彼の心に触れ、新生させた〈8〉。

「この言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します」〈Ⅰテモ4:9〉。

2019.2.24.       礼 拝   

 

エレミヤ書7:1-15(P1188)       「依り頼むもの」

 

主の神殿、主の神殿、主の神殿という、むなしい言葉に依り頼んではならない〈4〉。

 

シロの聖所

12~14節には、シロ(地名)の聖所と書かれています。シロは、イスラエル民族にとって、神様との関係で大切な場所でした。〔ヨシュアが臨在の幕屋を立てた〈ヨシ18:1〉。ダン部族の神殿〈士師18:31〉。祭司の仕える礼拝所〈Ⅰサム1:3〉。〕シロはイスラエルの敗戦によって滅ぼされた場所です。

このシロと同じようになるという預言がエレミヤに語られたのでした。

 

むなしい言葉と神殿

「主の神殿」という言葉が3度もくり返され〈4〉、「わたしの名によって呼ばれた神殿」〈14〉とあります。当時の礼拝者の中には、中身の無い信仰を持つ人々がいました。それはむなしいモノに依り頼むことだと語られています。

現在、私たちが捧げる礼拝や奉仕は、形式的なモノとなり、「教会」という建物に依り頼むという、誤った信仰となっていないでしょうか?

 

善き礼拝

「お前たちの道と行いを正せ」〈3、5-6〉。信仰的に堕落してしまった民に、神様は悔い改めを望んでいます。善き礼拝は、日々主を認めて、神様に捧げるために行うことです。

私たちは「神様に依り頼んで」生活しましょう!

 

お祈り 天にいます父なる神様、御名を崇めます!私の礼拝が形式的とならず、むなしいモノに頼らない信仰でありますように。主の命令を守って悔い改める者としてください。イエス様の御名によってお祈りします。アーメン

2019.2.17.       礼 拝   

 

ヨハネ5:1-9(P171)       「行いの伴う信仰」

 

「べトザタ」と呼ばれる池 ――今の世の中

▽〈2、3〉。大勢の病人たちが横たわるべトザタの池の五つの回廊。その理由〈7〉。

血も涙もない弱肉強食の競争社会。

▽〈7〉言い伝え、迷信を頼り、ただ、池の水が動くのを待つ。

正に、これは今の世の中の状況と同じです。

 

良くなりたいか ――信仰の目覚め

▽〈5〉38年も病気で苦しむ人。〈6〉イエスは、この人を「じっと見つめられた」。

▽〈6〉イエスは、その人に「良くなりたいか」と聞かれた。あなたなら何と答える?

▽〈7〉。この人は、「良くなりたいけど、人にはできない」と人間的な言い訳。

▽しかし、そう言うことでイエスを求め始め、その結果、主の恵みを体験します。

 

床を担いで歩きなさい ――信仰の実行

▽〈8〉イエスは、あえて、律法を犯すことを命じられ、安息日の真意を示す〈16、17〉。

▽この世の物を頼る限り、主の恵みは体験できない。〈9〉彼はすぐ従った。

 

「実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まる」〈ロマ10:17〉。「信仰がなければ、神に喜ばれることはできません」〈ヘブ11:6〉。

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