聖書のメッセージ

2022.1.16.     礼 拝

 

ルカ福音書5:4(P109)     「沖に漕ぎ出す」

 

イエス様は、ペトロの舟から群衆に向かって教え始められました。その言葉を聞いていたのは、群衆だけではなく、ペトロもその中の一人でした。そんなペトロに対して主は「話し終わったとき」〈4〉に個人的に関わられたのです。

1.チャレンジを与えられる

御言葉は聞いて終わりではありません。その後、主は行動するようにと促されるのです。「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」〈4〉という言葉は、ペトロにとってチャレンジでした。それは、彼の頭の中で最初から無理だと決めつけていたことだからです。しかし、主はこのことを通して新しい信仰の歩みへと導いてくださるのです。

2.共に進まれる

ペトロは、「お言葉ですから」〈5〉と主の言葉に従い、行動しました。そこには不安や疑いなどの思いもあったことでしょう。そんな中にあっても彼は一人ではありませんでした。舟の中にはずっと主が共におられたのです。主は行動を促されるだけではなく、そばにいて、共に進んでくださるのです。

3.たくさんの恵みを備えておられる

行動した先には、主の恵みが待っていました。舟が沈みそうになるぐらいの大漁を体験したのです〈6-7〉。私たちが持っている網には元々何も入っていません。どんなに努力をしても、それが満たされることはないのです。けれども、主はその網を恵みで一杯にしてくださるのです。主に委ね、信頼する者に主は豊かな祝福を与えてくださいます。

「沖に漕ぎ出す」準備はできていますか。主は今日も変わることなく、共に進んでくださいます。一人一人が主の言葉を聞き、主と共にチャレンジしていきましょう。

2022.1.9.     礼 拝

 

使徒言行録2:42(P217)     「祈ることから始めよう」

 

初代教会は、主の御手の中でさらに前進し、多くの実を結んでいきました。その土台となったのが、祈りです。彼らは事あるごとに祈りをささげました。それは、良い時も悪い時も変わることがなかったのです。

1.自分自身のために祈る

私たちはどう祈るべきかを知らないのが実際です〈ロマ8:26〉。そんな私たちがいつも祈るためには、聖霊の力が必要です。聖霊は、弱い私たちを助け、執り成してくださるからです。聖霊の恵みは今も変わることなく注がれています。一人一人がまず聖霊を求めて祈り、聖霊に満たされ続けましょう。

2.教会のために祈る

使徒パウロは、教会を「キリストの体」と表現しました〈Ⅰコリ12:27〉。体は、それぞれの部分が補い合い、助け合うことによって健康を保っていくのです。私たちは、自分自身のために祈るだけでなく、とりなして祈ることも大切です。教会には、あなたの祈りを必要としている人がいます。祈り、祈られる者となりましょう。

3.置かれたところのために祈る

主は計画をもって私たちを導かれます。置かれているところは、決して偶然ではなく、意味があるのです。そのところで主は私たちに働きを委ねてくださいます。私たちが主のために今できることは何でしょうか。置かれたところのために祈りつつ、主の導きを求めていきましょう。

主なる神様は、門真キリスト教会をさらに用いてくださいます。この年も主のしてくださることに大いに期待し、祈ることから始めましょう。

2022.1.2.     礼 拝

 

ローマ12:1(P291)     「私たちのなすべき礼拝」

 

私たちは今朝、あらためて「私たちのなすべき礼拝」とは、どのようなものかを知り、この新しい1年を、心新たに歩んでいきたいと思います。

信仰と真実をもって

パウロは、私たちの全存在を神様に献げることこそ、「なすべき礼拝」であるとし、どのように、自分自身を神に献げるべきかについて、教えます。一つ目は、「生けるいけにえ」として、献げるということです。それは、日常の生活においても、信仰と真実をもって生きることを表しています。

神のためにささげられたものとして

二つ目は、「聖なるいけにえ」として、献げることです。私たち自身は、主イエス様の十字架の犠牲によって、既に神のものとされているのです。私たちが既に、神様のものであることを認め、神様に仕えることを通して、自分自身を献げていくものとなりましょう。

神の御心にしたがって

最後に、「神に喜ばれるもの」として、献げることです。神に「喜ばれる」とは、神に「受け入れられる」という意味です。そのためには、「神の御心」を知る必要があります。聖霊さまの助けによって、日々聖書を読み、祈る中で、「神の御心」を知り、行う者となりましょう。

私たちの生活は、神の憐れみに対する応答です。だからこそ、全存在を、神に献げられたものとして、信仰と真実をもって、神の御心にそって生きる生き方こそが、私たちの「なすべき礼拝」なのです。神様の憐れみに応答し、私たちの全存在を傾けて、日々信仰と真実を表す生活をもって、2022年も歩んでいきましょう

ノアは主のために祭壇を築いた。そしてすべての清い家畜と清い鳥のうちから取り、焼き尽くす献げ物として祭壇の上にささげた。(創世記8:20)

 

 あけましておめでとうございます。この新しい年もお一人お一人の上に主なる神様の祝福が豊かにあるようにとお祈りしています。

 お正月の期間には様々な定番行事がありますが、その中の一つに「駅伝」を挙げることができます。テレビを見ていると、連日、実業団の駅伝や箱根駅伝の様子が放送されています。

 駅伝は、スタートを飾る第一区が特に大切だと言われています。なぜなら、この第一区の内容が大会全体の流れを作ると言われているからです。何事もスタートが肝心と言われていますが、駅伝においても例外ではなく、スタートである第一区が勝負を左右するような大きな分かれ目となっているのです。

 聖書の中には、ノアの箱舟の出来事が書かれています。この出来事の後に、ノアが最初に行なったことは、焼き尽くす献げ物を献げたということでした。彼が箱舟の中にいた期間は371日も亘っていましたので、箱舟から出た後にやりたいと考えていたことも色々あったことでしょう。しかし、何よりもまず主なる神様を礼拝することを選んだのです。それは、主なる神様がどんな時にも彼と共にいて、支え続けてくださっていたからです。

 私たちは様々なものに目が留まります。そして、そちらを優先してしまうのです。しかし、それらのものよりもまず主を礼拝することを大切にしていきたいのです。主はノアに働かれたように、私たち一人一人にも変わらず働いてくださいます。

 あなたもこの新しい2022年、主を礼拝することからスタートしてみませんか。そこには祝福に満ち溢れた日々がすでに備えられています。

門真キリスト教会 主任牧師 濵崎 恵太

2021.12.26.     礼 拝

 

Ⅱコリント12:9-10(P339)     「すでにある恵み」

 

主は「わたしの恵みはなたに十分である。・・・」と言われました〈9〉。

1.パウロの置かれた状況

コリント教会へ向けた手紙には、にせ教師によって「パウロは正しいのか?」など悪口が言われており、これに対応する必要があったことが背景にあります。パウロは自分の体験を通して、働かれた主について語ります。彼は自己弁護に徹するのではなく、常に主に栄光をお返ししていました。 

あなたは現在、どのような状況に置かれているでしょうか?

2.人の目に見える範囲

パウロは、自分に与えられたとげについて、取り去ってくださいと願いました〈8〉。しかし、「恵みは十分であり、力はその弱さの中でこそ発揮される」と言葉を受けます。私たちが自分の目で見ているものは、全体ではありません。神様だけがすべてをご存じです。

パウロはキリストのために、満足し喜びました。私たちも弱さを見る時には恵みを受け取りましょう。

3.すでにある恵み

2021年は皆さんにとってどのような日々だったでしょうか?良いこと、困ったこと、それぞれに浮かぶと思います。パウロが恵みを持ち続けたように、私たちにも恵みは主にあって与えられ続けています。

結果が分からないこと、変化が見えないこともありますが、主の計らいに期待して新しい年を迎えましょう。

天にいます父なる神様。この一年間も主がわたしと共におられ、この守りの中を歩むことができた恵みに感謝します。来年も期待します。主イエスの御名によって。アーメン。

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