聖書のメッセージ

2019.11.17.       礼 拝   

 

詩編121編(P968)       「私の助けは?」

 

天地を造られた主 〈2〉

▽〈1-2〉エルサレムに上る巡礼者はシオンの山を仰いで問う。その答えは?

▽〈3〉「足がよろめかないように」守ってくださる。「神は我らの魂に命を得させてくださる。我らの足がよろめくのを許されない」〈詩66:9〉。

▽〈4〉「まどろむことも、眠ることもなく」守ってくださる。私たちが信じる神は季節によって眠る豊穣多産の神バアルのような偶像ではない。

・「見守る」が6回(3、4、5、7=2回、8)くり返し、強調されている。

 

あなたを見守る方 〈5〉

①あなたを覆う陰 〈6〉「昼、太陽はあなたを撃つことがなく」パレスチナの乾期の強い日射しは命を危険にさらすので、日陰はとても大切です。

②あなたの右にいます方 「主はあなたの右に立ち、怒りの日に諸王を撃たれる」〈詩110:5〉。〈6〉「夜、月もあなたを撃つことがない」。主は、パレスチナの夜の冷え込みと、偶像の月の神の熱病から守ってくださる。

③あなたの出で立つのも帰るのも守ってくださる〈8〉。「出で立つのも帰るのも」とは、どこででも。「今も、そしてとこしえに」とは、いつでも、常にのこと。

 

▽モーセは、出エジプトの時主なる神に「もし、あなた御自身が行ってくださらないのなら、わたしたちをここから上らせないでください」〈出エ33:15〉と訴えている。

あなたもモーセのように訴え求めて「いつでもどこでも共にあって見守ってくださる主なる神と人生の旅路を前進しましょう。

2019.11.10.       礼 拝 

 

士師記6:11‐16(P390)       「あなたのその力をもって」

 

ギデオンは信仰の勇者として知られている人物です。けれども、最初から勇者と呼べるような人物ではありませんでした。私たちと同じようなごく普通の人だったのです。そんな彼を主は立ち上がらせたのです。

 

1.声をかけられる

ギデオンは、ミディアン人を恐れ、隠れていました。そんな彼に主の使いは「勇者よ」〈12〉と声をかけられたのです。この時の彼の姿を見て、誰が勇者だと認めるでしょうか。しかし、この声から彼の歩みは大きく変わっていきました。主は召しにふさわしく成長させてくださいます。その最初は主の声を聞くことなのです。

 

2.そのままを用いられる

「私にはできない」。私たちがよく使う言葉の一つです。彼が持った思いも同じだったことでしょう。主はそれでも「あなたのその力をもって行くがよい」〈14〉と言われたのです。私たちは何か特別なことができないと難しいと考えてしまいます。ですが、主はあなたの今のそのままでも用いたいと願っておられるのです。

 

3.主と共に働くことができる

主のために働くことは、難しいように感じます。それは、自分自身の力だけで頑張ろうとしてしまうからです。私たちは決して一人ではありません。どのような時にも主は「わたしがあなたと共にいるから……できる」〈16〉と言ってくださるのです。この励ましをしっかりと受け取って、どんな事柄にも向かっていきましょう。

 

弱かったのに強い者としてくださるのは主なる神様です〈ヘブ11:34〉。今日も主は私たちを用いたいと願っておられます、全てを委ねて立ち上がる者となりましょう。

2019.11.3.       ウェルカム礼拝   

 

ヨハネ14:1‐6(P196)       「私は道である」

 

▽14-16章は「決別の説教」。17章は「大祭司イエスの祈り」。ヨハネだけのもの。

 

三つの命令 〈1〉

①心を騒がせるな:イエスが世を去ることを聞いて、弟子たちは心を騒がせた。

・心が騒いでいると、イエスの決別の説教が心にとどかないから。

②神を信じなさい:弟子たちの心が騒いでいるのは、神を信じていないから。

・神を信じると、不安や動揺が去って平安が与えられるから。

③私を信じなさい:見えない天の父を信じられないなら、目の前の私を信じなさい。

 

行って、戻ってくる、私のもとに迎える 〈3〉

①「行って」とはどこに行かれるのか?

・十字架のカルバリの丘。死から復活される墓。昇天して天へ。

②何のために行かれるのか?

・私たち一人ひとりのため永遠の住居を用意するため。

③私のいるところに迎える―→再臨。

 

道・真理・命であるイエス 〈6〉

▽〈5〉のトマスの質問「主よ、どこへ行かれるのか」に対する答え。

・ポーランドのノーベル賞作家シェンキェヴィチの名作「クォヴァディス」。

 

私たちも「主よ、いずこへ?」と主に尋ね、最後まで主の後に従いましょう。

母がイエスに、「ぶどう酒がなくなりました」と言った。イエスは母に言われた。「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません。」しかし、母は召し使いたちに、「この人が何か言いつけたら、そのとおりにしてください」と言った。(ヨハネによる福音書2章3-5節)

 

ガリラヤの町カナで婚礼の時のことです。お目出度い席で大変なことになりました。祝宴のためのぶどう酒が足りなくなったのです。その時の母マリアと御子イエス様の対話です。

さて、イエス様は母に対し「お母さん」と呼ばずに一般の成人女性に呼びかける「婦人よ」と言われ、さらに、「私とあなたと何の関係があるのか」とは、とても冷たく感じます。しかし、それは「わたしの時」とかかわっています。ヨハネはこの福音書の中で八回も「私の時」をくり返し使っています。

イエス様はいつもこの言葉をご自身の受難(十字架の死)を指して用いておられます。また、「ぶどう酒」は、イエス様が十字架上で流される「血」によってすべての人々に与えられる、新しい霊的な命と力を表しています。

この時、イエス様はご自身を普通の母子関係としてのマリアではなく、罪の赦しと解放を必要としている一人の女性として呼びかけられたのです。

「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっています」(ロマ3・23)とあるとおりです。

マリアはイエス様を自分が産んだ子ではあっても、神の御子、救い主と信じ、召し使いに「この方の言うとおりにしてください」と言い、水がぶどう酒に変わる奇跡が起きました。「信じるなら、神の栄光を見る」(同11・40)。

2019.10.27.       礼 拝 

 

詩編46:1‐12(P880)       「力を捨てよ」

 

あらゆる場面で私たちは自分自身の力を用いています。しかし、主なる神様は「力を捨てよ」〈11〉と語られているのです。それぞれが持っている力に頼るのではなく、主に頼ることが大切です。主はどのように働いてくださるのでしょうか。

 

1.どんな時にも守ってくださる

私たちは恐れてしまうことが多々あります。けれども、私たちにはすでに逃げ込む場所が備えられています。それは、主なる神様のもとです。主のもとにいるならば、何が起こったとしても恐れる必要はありません。そこには安心と安全があるからです。どんな時にもまず主のもとに身を避ける者となりましょう。

 

2.どんな時にも助けてくださる

現実は否応なしに私たちに迫ってきます。そして、もう無理だと諦めてしまうこともあります。そのような中でも主は必ず助けを与えてくださるのです。それも私たちが行動する前から働きを始めていてくださるのです。私たちは、主の成し遂げられることを仰ぎ見ることができるのです。

 

3.どんな時にも共にいてくださる

イスラエルの民たちが共にいるのにふさわしい人物だったから、主は共におられたのではありません。主ご自身が共にいることを選ばれたのです。主は私たちとも共にいてくださいます。私たちも「万軍の主はわたしたちと共にいます。」〈8、12〉と信仰を持って告白しましょう。

 

主なる神様こそが私たちの頼るべきお方です。自分自身の力ではなく、主に信頼し、全てを委ねていきましょう。

月別のメッセージ

カレンダー

2019年11月
« 10月    
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930

facebook


わたしたちの教会は、

聖書信仰に立つ
正統的キリスト教会です。

門真キリスト教会
牧 師:前川 圭司
伝道師:濱崎 恵太
牧 師:濱崎かおり

日本アッセンブリーズ・
オブ・ゴッド教団

関西教区

https://ag-kansai.com 

日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団・関西教区

access counter

  • 72708総閲覧数:
  • 0今日の閲覧数:
  • 31昨日の閲覧数: