「祈り備える」
2026.2.22. 礼 拝
コロサイ4:2(P372) 「祈り備える」
使徒パウロは、間違った教えで混乱しているコロサイの教会に対して、キリスト者としてどのように歩んでいったら良いのかを丁寧に説明しました。そして、その最後に「祈りなさい」と勧めているのです。祈りは、私たちの信仰生活の全てにつながっていきます。
1.主を見上げる
「目を覚まして」という言葉は、新約聖書の中で何度か出てきます。このことは、不眠不休を意味しているのではありません。どのような時にも主を見上げ、主に立ち続けることなのです。祈る上で大切なのは、①何を見るか、②誰とつながるか、です。主が私たちにしてくださることに目を留めていきましょう。
2.主に感謝する
私たちは、祈りの中で主に対して交換条件を出すことがあります。そして、聞かれないと不平不満を訴えるのです。主は、私たちが何かをしたから祈りに答えてくださるのではありません。たとえ、何もなかったとしても最善をなしてくださるのです。私たちの周りには主の恵みがあふれています。日々、主への感謝を持ちつつ、祈りましょう。
3.主に祈り続ける
「ひたすら」と訳されている言葉には、「専念する」や「熱心になる」という意味もあります。それは、いつでも踏み出す準備ができている状態でもあるのです。イエス様は、どんな時にも祈られました。ここに私たちの最高のお手本があるのです。私たちは、準備なくして動くことができません。どんな時にもまず主に祈ることを選び取りましょう。
祈りは、私たちの原動力であり、教会に欠かすことができないものです。様々な状況に右往左往するのではなく、主を見上げ、委ね、期待し、祈りの手を上げていきましょう。

