2019年6月 第438号 「見えない神の姿」
わたしたちは、この御子によって、贖い、すなわち罪の赦しを得ているのです。御子は、見えない神の姿であり、すべてのものが造られる前に生まれた方です。(コロサイ信徒への手紙1章14-15節)
まず、神の御子イエス様は「見えない神の姿」です。それはイエス様が見ることのできない神様を、私たちが見ることができるように、私たちと同じ人間となってこの地上で生活してくださったということです。だからイエス様は「わたしを見た者は、父を見たのだ」と言われました(ヨハ14・9)。また「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた」(ヨハ1・14)とあります。
次に、イエス様は万物の造り主です。イエス様は「すべてのものが造られる前」からおられ、「万物は御子において造られたからです」(同16節)。
神は人を創造なさる時、「わたし」ではなく「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう」と言われたことに示されています(創1・26)。
そして、イエス様は、私たち一人ひとりの罪を贖い、赦すために十字架に釘打たれ、尊い神の小羊として命を捨ててくださったのです。それは「血を流すことなしには罪の赦しはありえない」からです(ヘブ9・22)。
私たちは「以前は神から離れ、悪い行いによって心の中で神に敵対していました」(コロ1・21)。しかし、神は御子の「十字架の血によって平和を打ち立て、御子によって、御自分と和解させられました」(同1・20)。