「お金を贖う」
2013.8.25. 礼 拝
マラキ3:8-11 「お金を贖う」
「十分の一の献げ物をすべて倉に運び、わたしの家に食物があるようにせよ。これによって、わたしを試してみよと万軍の主は言われる。」〈10〉
私たちは必要なお金のためには祈りますが、お金がサタンの道具にならないように、「お金を贖う」ための祈りは、ほとんどしないのでは?
なぜ、十一献金をするのか、それは(マラキ3:6-12)です。しかし、十一献金の根源は、イスラエルの民をエジプトの奴隷から贖うための、神の最後の手段の「初子の死」にあります。この時、小羊の血による贖いがないと、イスラエルの初子も皆死んだはずです。だから、初子は神のものです〈出エジプト13:13〉。その贖い金は銀5シュケル(銀貨5枚)です〈民数記18:15-16〉。
私たちをサタンの手、罪の奴隷から贖うために、銀30枚で売られ、神の小羊として、神の御子イエスの命という贖い金で買い戻されました。そして、「神と富とに仕えることはできない。」〈マタイ6:24〉私たちは、自分のお金をサタンから贖う必要があります。その最初の一歩が十一の聖別なのです。それを怠ると、あなたのお金をサタンに残したまま、お金の誘惑と生活のために戦わねばなりません。
お金を贖うため祈り、十一を聖別し、「神のものは神に返し」ましょう。〈8〉
〔お祈り〕
天の父なる神様、すべての恵みを感謝します。あなたから委ねられているお金の管理を自分のこと第一にしないよう、お金のために祈り、最初のものを聖別氏、神のものを神にお返しすることができますように。イエス様の御名によってお祈りします。 アーメン