「主イエスの目的」
2023.4.16. ウェルカム礼拝
ルカ19:1-10(P146) 「主イエスの目的」
聖書には、数多くの出来事が記録されていますが、偶然に起こったことは一つもありません。全ては、必然の出来事であり、目的がありました。主イエス・キリストと人々との出会いも同じです。このことは、今を生きている私たちにも関係しているのです。
1.捜すため
ザアカイは、徴税人の頭であり、金持ちでした〈2〉。同時に、失われたものでもありました。そこには、罪が関係しています。私たちは、罪のために、神から離れて生きる者となりました。失われたものを捜すのは、多大な労力が必要です。しかし、何があったとしても、イエス様は、見つけ出すまで捜し続けられるのです。
2.救うため
イエス様は、ザアカイを見つけた時、名前を呼び、「ぜひあなたの家に泊まりたい」〈5〉と語られました。それは、彼を救いへと導くためでした。イエス様の愛に触れ、喜んで迎えた時、彼の人生は大きく変わりました。救いは、何かをした見返りに与えられるものではありません。ただ一方的に与えられているものなのです。
3.共に歩むため
私たちの歩みは、救われて終わりではありません。信仰の歩みが始まっていくのです。ザアカイは、これまでの行いを悔い改め、主のために行動することを決心します〈8〉。この選択は、簡単にできるものではありません。けれども、私たちのそばには、いつも主が共にいてくださいます。そこには、なくなることのない喜びがあるのです。
「人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである」〈10〉。今日、あなたもイエス様の愛を受け取り、喜びに満ちた新しい歩みを始めませんか。