2020年10月 第454号 「収穫の秋」
収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。(マタイによる福音書9章37-38節)
イエス様は、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれ、弟子たちに、右記のように命じられました。
また、「目を上げて畑を見るがよい。色づいて刈り入れを待っている」(ヨハ4・35)とも言われました。
実りの秋、収穫の秋です。しかし、ここでイエス様が言っておられるのは穀物などの収穫のことではありません。人々が飼い主のいない羊のように弱り果てているのを見、深く憐れまれて語られたのです。
今、私たちが生活している世間は、コロナウイルスの感染に対する不安や恐れ、それに伴う経済の不況の心配と正に人々は「飼い主のいない羊のように弱り果てている」のではないでしょうか。
イエス様は「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来ないさい。休ませてあげよう」(マタ11・28)と招いてくださっています。
もし、あなたが罪の支配するこの闇の世の生活に重荷を負い疲れておられるなら、それをイエス様の元にもって来て、自分勝手に生きて来た神様に対する背信の罪を告白し、悔い改めて、今の情況から解放されてはいかがでしょうか。
「神は愛だからです。神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです」(Ⅰヨハ4・8-9)。