「戸口に立って、たたいている」
2026.3.1. 礼 拝
黙示録3:20(P457) 「戸口に立って、たたいている」
ラオディキアの教会は、熱くも冷たくもないなまぬるい信仰の状態でした〈15-16〉。しかし、主は、そんな彼らを見捨てることなく、悔い改めるようにと戸をたたかれました。同じように、主は、今日も私たちの心の戸をたたかれているのです。
1.主の御声を聞く
主は、ここで、①戸口に立つ、②戸をたたく、③中にいる私たちに声をかける、という行動をされています。それは、誰かに強いられたからではなく、主の愛の行動でした。また、このことは、一度限りのことではなく、今も主はたたいておられるのです。それぞれの生活の中で静まる時を持ち、あなたに語られる主の御声に耳を傾けましょう。
2.主を迎え入れる
主を戸の中へとお迎えするためには、閉まっている戸を開ける必要があります。それは、自分自身の罪に気付き、悔い改めることなのです。主が私たちに求めているのは、後悔ではなく、悔い改めです。それぞれの心の中をいつも点検しましょう。そして、主の愛と恵みに応え、戸を開けるために一歩を踏み出しましょう。
3.主と共に歩み続ける
主が戸をたたき、私たちが戸を開けた後、何が起こるでしょうか。食事の席が設けられているのです。それは、私たちが一人ではないことを意味しているのです。私たちの歩みは、良いことばかりではありません。主は、そんな私たちと共に歩み続けてくださるのです。自分自身の思いや考えではなく、主と共に一歩一歩進んでいく者となりましょう。
私たちの教会の信仰の状況はどうでしょうか。どんな時にも主の声を聞き、主を迎え入れ、主と共に歩み続けたいのです。主の恵みと愛を日々受け取っていきましょう。

