「偶然か、必然か」
2020.4.19. 礼 拝
創世記28:10-17(P46) 「偶然か、必然か」
とある場所 〈11〉 「と」=すると、そうすると。
▽ヤコブが、兄エサウの長子の特権を横取りしたため、兄の怒りを避けて母方の伯父ラバンの所へ行く途中、野宿した時の出来事です。
▽「日が沈んだので」。ヤコブは、前もってこの所で泊まると決めていたのではない。日が沈んだから仕方なくです。しかし、そこは特別な所となる。
そこは、ヤコブにとって「神の家」、「天の門」〈17〉となるように、神が定められた、とても大切な特別な場所だった――私たちも同じような経験を。
彼は夢を見た 〈12〉
▽ヤコブは、先端が天に向かって伸びる階段(はしご)を御使いたちが、上り下りしている夢を見た。神は何のためにこんな夢を見せられたのか?
▽〈13-15〉そこで神は、ヤコブにすべての召しを予告し、この時からヤコブの人生を変えられた。神は祖父アブラハムと同じ契約(創17:1-8)を彼に与えた。
この経験はヤコブにとって生涯忘れることのできない出来事であり、ヤコブの人生を導く、特別な経験となったのです。
見よ、私はあなたと共にいる 〈15〉
▽ヤコブにとっては「偶然」と思えても、神にとってはそうではなく「必然」です。〈13〉神は「あなたが今横たわっているこの土地を、あなたとあなたの子孫に与える」と約束しただけでなく、〈14〉「あなたの子孫は大地の砂粒のように多くなり、(中略)、地上の氏族はすべて、あなたとあなたの子孫によって祝福に入る」と。
あなたの人生も、あなたが祈って自分で考え、決めたことであっても、クリスチャンとしてのあなたの人生は、すべて主の必然であり、神の御手にある。(ローマ8:28 P285)