「わたしにできると信じるのか」
2024.7.28. 礼 拝
マタイ9:27-31(P16) 「わたしにできると信じるのか」
二人の盲人は、主と出会い、目が見えるようになりました。ただ、すぐに癒されたのではありません。主は、「わたしにできると信じるのか」〈28〉と問いかけられたのです。この言葉は、彼らだけではなく、今を生きている私たち一人ひとりにも問いかけられているのです。
1.主にすがった
彼らは、イエス様が近くを通られていると知った時、「わたしたちを憐れんでください」〈27〉と叫びました。そして、答えてくださるまでついて行ったのです。彼らの行動は、不安や恐れが伴うことでした。けれども、それ以上に主にすがることを選んだのです。今、私たちが抱えている思いを素直に主に叫びましょう。
2.主に委ねた
盲人の目が開かれることは、決して簡単なことではありません。しかし、「わたしにできると信じるのか」との問いかけに対する彼らの答えは「はい、主よ」〈28〉というものでした。私たちの周りには、諦めさせるような要素はたくさんありますが、全てを主に委ね、「はい、主よ」と応答する者となっていきたいのです。
3.主の答えを受け取った
目が開くために、彼らがしたことは何もありませんでした。信仰をもって一歩を踏み出した先に、主は素晴らしい恵みを備えていてくださいます。私たちは、状況を見て、諦める必要はありません。祈りに答えてくださる主に期待することができるのです。何事にも諦めず、主に祈り、主の答えを受け取りましょう。
私たちは、主は何でもできるお方であると信じています。しかし、このことが口だけの告白になるのではなく、心から主にすがり、主に委ねて、祈っていきましょう。