「なぜ怖がるのか」
2012.9.23. 礼 拝
マルコ4:35-41(P68) 「なぜ怖がるのか」
Ⅰ.恐れる理由
① 主が共におられることを忘れたから〈36〉
・恐れる(感情)のは、周りの状況にふり回されて、心をとり乱し、共にいてくださる主が見えなくなっているからです。
・主を信じる人は、その時の気分や感情に支配されません(フィリピ4:11-13)。
② 主を信頼していないから〈38〉〈41〉
・主は私を愛してくださっており、守ってくださるという信仰をなくしているから。
③ 主が誤解したから〈38〉〈41〉
・眠っておられる主を見て、主は自分のことを気にかけてくださっていない、困っているのに何もしてくださらない、という自己中心的な考えによる誤解。
・信仰は感情とは関係ありません。また、自動的に働き出すものではありません。だから主は「まだ信じないのか」と〈41〉。信仰は働かすものなのです。
※ 困って悩む時こそ、落ち着いて、主を信頼し、信仰を働かせましょう。
Ⅱ.信仰を働かせるとは?
① 周りの状況に身を任せない〈38〉- 「しかし」の信仰。
・信仰とは、うろたえないことです。不信仰の嵐(心の中の)を静めることです。周りは暴風が吹き荒れています。「しかし」全能の主が共におられるのです〈39〉。
② 主のみことばに立つ〈35〉― 主のみことばには、主の御心の裏付けがある。
・主はみことばにより自然を支配し〈41〉、悪霊をも支配される方です〈5:8〉。
・試練を耐え忍べば、その向こうに主の祝福が待っています〈5:1〉。(ヘブライ12:11)
③ からし種一粒ほどの信仰〈4:31-32〉→(マタイ17:20)
※ どんなに小さい信仰でも、それを働かせると、必ず主は答えてくださる〈39〉。