「誰のもの?」

2015.10.18.        礼 拝

 

ルカ 12:13-21       「誰のもの?」

 

「愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか」〈20〉

 

お金持ちのたとえ話です。この例えはハッピーエンドでは終わっていません。お金持ちの何が悪かったのでしょうか? ①彼は一生懸命働いて、ある時、豊作になりました。②収穫をしまっておく場所がないから、大きな倉を建てようと考えました。③問題が解決し、これからは蓄えをもってのんびり生きよう!と計画した途端に〈20〉の言葉を掛けられます。

これが自分の身に起きた時、私たちはどんな反応をするのでしょうか?

 

①、②は悪いことではありません。このたとえ話のポイントは、お金持ちになってはいけない!貯金をしてはいけない!ということではありません。お金持ちは、富を自分のためだけに積んでいたということです。彼の人生の中には「神の前に豊かになる」〈21〉考え方がありませんでした。

 

私たちも自分の物を大切にしますね。この金持ちは、自分の物を自分で管理していただけです。ここでは他の人の物を取ろうとしたり、不正をしたとは書かれていません。「神の前に豊かになる」とは、「神様の主権をいつでも思い起こすこと」と言えます。金持ちは、自分の命は何年先もある〈19〉と考えていました。しかし、命は神様から与えられている物です。私たちは自分自身も、神様の計画により生かされて有る!という考えを忘れ去ってはいけません。私たちの人生ですが、主から委ねられたものなのです。

【お祈り】 天の父なる神様、御名を崇めます!私たちに与えられた人生を、神様の委ねてくださった人生を、毎日思い起こし、大切に生きることができますように。このお祈りを尊きイエス様のお名前によってお祈りします。