「自分のように」

2016.12.4.       礼 拝

 

マタイ 22:34-40(P44)     「自分のように」

 

私たちの自己矛盾 〈34-36〉

▽私たちは自分のことがあまり好きではありません。自分の弱さ、愚かさ、汚れなどを見るからです。「人を見たら失望し、自分を見たら絶望する」といいます。

▽しかし、同時に自分ほど可愛いものはないのです。少しでも自分の欲望を満たし、自分だけは苦難を避けたいと、いつも無い知恵を絞っています。

▽私たちはこの二つの自分の板挟みという自己矛盾の中で日々生きています。これが真の神に背き離れた私たち罪人の醜い姿です。

 

自分のように 〈37-40〉

▽イエスは、律法の専門家の質問〈36〉に、〈37-38〉と答えられました。当時ユダヤ人は、〈37〉の掟を忘れないようにするため、羊皮紙に書き、小さな箱に入れて、額と手に結びつけ、一日に2回は必ず唱えていました〈出13:9〉

▽また、イエスは、〈37〉と同じように〈39〉も最も大切なこととして行うように言われました。なぜなら隣人を愛することは、神を愛することと一つだからです。

▽イエスは、ただ「隣人を愛せよ」ではなく、「自分のように」愛せよと命じます。口語訳には「自分を愛するように」とありますが、そうすると現実に、とても自分を愛せない者が、隣人を愛することなどできる訳がありません。

▽「自分のように」とは、「神にかたどって造り、神によってすべての人が等しく愛されている」同じ人として、私たちが隣人を愛することです。

▽すべての人は、神に背き、神から離れてしまい、この本来の「神の似姿」を失っています。しかし、神はそれでもなお、私たちを愛し、招いてくださっています。

イエスがすべてを捨てて十字架にかかり、あなたを愛してくださっている、その愛を体験することによって、あなた自身が変えられ、真に隣人を愛することができます。