「情と欲とを十字架に」

2015.10.11.       礼 拝

 

列王記下 5:15-27(P584)     「情と欲とを十字架に」

 

ナアマンは、ツァラアトがいやされた喜びにあふれて、感謝の贈り物〈5〉を持って、ヨルダン川からエリシャの元へ引き返して来ました。お礼のためです〈15〉。

彼は、贈り物を何とか渡そうとしますが、エリシャは断固辞退しました〈16〉。「仕えている」の直訳は「立っている」です。ナアマンはエリシャの前に立ち、エリシャはナアマンの前に立っていますが、エリシャは霊においては、信仰によって神の前に立っていたのです。

ナアマンは、神の人エリシャの姿に心を打たれ、生ける真の神を信じる決心をしました〈17〉。そして、その地の土を自国(アラム)に持ち帰り、祭壇を築くと告白しました〈17〉。

そして、彼は自分の立場と現状をエリシャに正直に訴えて、赦しを求めました〈18〉。エリシャは、彼をとがめることなく、「安心して行きなさい」と許し認めました〈19〉。

このような事は、日本という文化の中で、イエスの証人として生活している私たちにとっていくらでも出合う問題です。だから、聖霊による知恵を求めましょう。〈ヤコ1:5〉

 

ゲハジは、エリシャが受け取らなかったナアマンの贈り物が欲しくなって、急いでナアマンの後を追いかけます<20、21a>。彼は自分の欲望を満たすために、2つの嘘をつきました〈22〉。彼は「主は生きておられる」と告白していながら〈20〉、なぜ、神と先生とナアマンを欺くことができたのでしょうか。

彼は、自分の欲望を正当化し、神を偽り、神の恵みをこの世の空しいものに替えてしまったのです。神に背くような自己中心と貪欲は自分の命を削ります。「欲望ははらんで罪を生み、罪が熟して死を生みます」とあるとおりです〈ヤコ1:15〉。

エリシャは、ゲハジに「お前はどこに行っていたのか」と、悔い改めの機会を与えますが、彼は悔い改めることなく、また嘘をつきます〈25>。そのため、彼はその罪がさばかれ、ナアマンと同じツァラアトに、自分も自分の子孫までも、かかってしまいました〈27〉。

私たちは、ゲハジを反面教師として、情と欲とを十字架につけましょう〈ガラ5:24〉。

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