「依り頼むもの」

2019.2.24.       礼 拝   

 

エレミヤ書7:1-15(P1188)       「依り頼むもの」

 

主の神殿、主の神殿、主の神殿という、むなしい言葉に依り頼んではならない〈4〉。

 

シロの聖所

12~14節には、シロ(地名)の聖所と書かれています。シロは、イスラエル民族にとって、神様との関係で大切な場所でした。〔ヨシュアが臨在の幕屋を立てた〈ヨシ18:1〉。ダン部族の神殿〈士師18:31〉。祭司の仕える礼拝所〈Ⅰサム1:3〉。〕シロはイスラエルの敗戦によって滅ぼされた場所です。

このシロと同じようになるという預言がエレミヤに語られたのでした。

 

むなしい言葉と神殿

「主の神殿」という言葉が3度もくり返され〈4〉、「わたしの名によって呼ばれた神殿」〈14〉とあります。当時の礼拝者の中には、中身の無い信仰を持つ人々がいました。それはむなしいモノに依り頼むことだと語られています。

現在、私たちが捧げる礼拝や奉仕は、形式的なモノとなり、「教会」という建物に依り頼むという、誤った信仰となっていないでしょうか?

 

善き礼拝

「お前たちの道と行いを正せ」〈3、5-6〉。信仰的に堕落してしまった民に、神様は悔い改めを望んでいます。善き礼拝は、日々主を認めて、神様に捧げるために行うことです。

私たちは「神様に依り頼んで」生活しましょう!

 

お祈り 天にいます父なる神様、御名を崇めます!私の礼拝が形式的とならず、むなしいモノに頼らない信仰でありますように。主の命令を守って悔い改める者としてください。イエス様の御名によってお祈りします。アーメン