「主の宝の民とされる」

2022.11.6.     ウェルカム礼拝

 

申命記7:6-15(P292)     「主の宝の民とされる」

 

聖書の中には、「選び」という言葉が何度も書かれています。主なる神様は、イスラエルの民たちを宝の民とするぐらいに特別な存在として選ばれました〈6〉。選びには、必ず理由があるものです。なぜ、たくさんいる人たちの中から彼らは選ばれたのでしょうか。

1.愛のゆえに選ばれた

世の中の選びの基準は、能力や見た目が中心です。しかし、主は、数も少なく、貧弱な民を選ばれたのです〈7〉。それは、主の愛のゆえでした。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちをまず愛してくださったのです〈Ⅰヨハ4:10〉。宝の民としての歩みは、主が無条件の愛を示されたことから始まりました。主の愛を覚え、主を愛していきましょう。

2.誓いのゆえに選ばれた

彼らの歩みは、主に喜ばれる歩みではありませんでした。誓いを破棄されても仕方がないと思われることばかりが起こり続けているのです。それでも、主は誓いを守ってくださいます。彼らを救い出し、前進させてくださっているのです〈8〉。主の御言葉は、必ず実現します。このお方こそ、信頼すべき神であると知りましょう。

3.主を愛し、契約を守る者を祝福される

主が宝の民に願っておられることは、主を愛し、戒めを守ることです〈9〉。ただ、このことは、私たちにとって難しいことであるとも言えます。けれども、主が私たちにまずお手本を示してくださいました。私たちがするべきことは、主の忠実さ、誠実さに応えていくことです。主の期待に応え、祝福を受け取りましょう。

私たちは、主なる神様にとって特別な存在であり、「宝の民」なのです。今日、あなたもこのことを喜び、主を愛する新しい一歩を踏み出してみませんか。