「まだ、悟らないのか」

2015.2.15.       礼 拝

 

マルコ 8:14-21(P76)     「まだ、悟らないのか」

 

イエスを妬み憎んでいた指導者たち。間違ったメシア観のためイエスをメシアと信じられない群衆。「私について来なさい」と招かれ、イエスに従い直接みことばを聞き、間近で数々の力あるみ業を見、自分たちも同じように神の業を行った弟子たちも、イエスに「まだ、悟らないのか」と問われています〈17、18〉。

口では「あなたはメシアです」と告白し、主が殺されることなどないと主張し、また、だれが一番偉いかと議論し、さらに、天国では自分たちを主の右と左に座らせてくださいと頼む自己中心。

イエスから3回受難の予告を聞き、再臨に備えて「目を覚ましていなさい」と3回警告されていたのに、ゲッセマネでは3回眠り込んでいた。ペトロは「たとえみんながつまずいても、私はつまずきません」と誓いながら、3回も主を拒んでしまいました。

招かれ、召されたにもかかわらず、従い切れない弟子たち。人間は何て弱いのか?

 

皮肉にも、イエスをメシアと分かっていたのは悪霊です〈5:7-8〉。また、「本当に、この人は神の子だった」と告白したのは、十字架を正面で見ていた異邦人、イエスの十字架の執行責任者、ローマの百人隊長です〈15:39〉。

イエスは、弱い弟子たちのすべてを知った上で、彼らを召されたガリラヤ湖で再会を約束し〈マタ28:10〉、同じ大漁の奇跡を通して弟子たちの信仰を回復させ、強め、世界宣教へと遣わされました〈16:15〉。「神の賜物と招きとは取り消されないものなのです」〈ロマ11:29〉。

主イエスは、あなたも同じように強めて、主の証人として、用いて下さいます。

 

[お祈り] 天の父なる神様、御名を賛美します。弱いこの私を弟子たちのように強めてくださって、主の証人として整え用いてください。イエスの御名で。アーメン