礼拝のお話し

2017.10.15.       礼 拝

 

創世記4:1-16(P5)       「常に注がれる主の憐れみ」

 

ここには兄が弟を殺す「人類最初の殺人事件」が書かれています。兄カインは、その罪のゆえに主からも見捨てられてしまったかのようにも思えるのですが、そんな彼にも主は常に憐れみを注がれていたのです。

 

1.主は語りかけてくださる 〈6-7、9〉

カインは、怒りのために顔を伏せ、心を閉してしまいました。しかし、主は今までと何一つ変わらず彼に語りかけてくださったのです。正しい方向へ導き、罪を犯してしまった時には、自発的な応答を待っていてくださるのです。

 

2.主は目を留め続けてくださる 〈13-15〉

犯した罪のために彼は追放されることになりましたが、主は目を留め続けておられました。保護を約束してくださったのです。罪を犯して終わりではありません。罪を犯した者でさえ、驚くべき恵みを体験することができるのです。

 

3.主は生かしてくださる 〈15、ロマ6:23(P.282)〉

「罪は死に値する」と聖書の立場ははっきりとしています。それにも関わらず、主は生かしてくださるのです。罪を犯した者のことも決してあきらめることはありません。私たちも生まれながらにして罪人です。けれども、主イエス・キリストの十字架によって罪赦され、生きる者とされているのです。

常に注がれている主の憐れみに感謝する者となりましょう。また、もし悔い改めていない罪があるなら、悔い改め、方向転換する者となりましょう。

2017.10.8.       聖餐式礼拝

 

イザヤ書 53章(P1149)       「主のしもべ、メシア」

 

人々に見捨てられた 

▽〈2〉 ・神の御子メシアは、私たちと同じ人となって、成長された。

▽〈3〉 ・メシアは、人々に軽蔑され、無視され、同胞も信じませんでした。

かつては私たちも〈ローマ2:4〉。

 

自ら進んで苦しまれた 

▽〈3〉・メシアは、人の痛み、病を負い、〈7〉、・黙々と神のみこころに従い、〈9〉・墓は罪人と共にされ、「十字架の死に至るまで従順でした」〈フィリ2:8〉。

イエスは、〈フィリ2:6-8〉。

 

人々の罪のために死ぬ 

▽〈5〉・メシアが打ち砕かれたのは私たちの罪の身代わりを〈8〉・負われました。

▽メシアは、〈8〉・私たちの罪の身代わりとして神に打たれ、〈11〉・自ら罪を負い、〈12〉・執りなしてくださいました。

この方こそがメシアです。〈ローマ5:8〉

2017.10.1.       礼 拝

 

イザヤ書 43:1-7(P1130)     「神の愛~そこにある希望~」

 

わたしの目にはあなたは値高く、尊く、わたしはあなたを愛し〈4〉という言葉は、神様からイスラエルの民たちに対して語られた言葉です。同時にこの言葉は今を生きている私たちにも語られている言葉なのです。

 

1.神様は私たちを造られたお方である 〈1、7〉

神様は時として『陶器師』に例えられることがあります。この世にある全てのものを造られ、その中でも私たちを最高の作品として造られました。私たちは「自分自身のここは駄目だ」と考えてしまうこともありますが、神様は最高の作品であるあなたをいつも愛してくださっているのです。

 

2.神様は私たちの救い主である 〈1〉

イスラエルの民たちは抜けだすことのできない絶望の中にいました。その原因は彼ら自身にありました。しかし神様は、絶望の中から解放し、自由にしてくださったのです。いつも神様から背を向け、自分勝手に生き続けていても、神様は私たちの救いのために働いてくださいます。

 

3.神様は私たちと共にいてくださる 〈5〉

私たちは日々の生活の中で恐れてしまうことがあります。けれども、神様はどのような時にも共にいてくり返し「恐れるな」と言ってくださるのです。私たちが何かができるから一緒におられる訳ではありません。ただ一方的な愛を持って私たちと共にいてくださるのです。

 

神様はいつもあなたのことを愛しておられます。その愛に気付く時、あなたの人生の歩みは希望に満ちあふれた素晴らしい歩みとなります。

2017.9.24.       礼 拝

 

民数記 7:10-83(P222)       「くり返される礼拝」

 

▽毎日食べ、働き、眠ることをくり返します。神に対する礼拝も同じです。なぜ?

 

くり返される礼拝 〈12-83〉

▽出エジプト二年目、第一の月、1日から、12部族が犠牲をささげ、主を礼拝した。

▽各部族のささげ物の内容はすべて同じもののくり返し。その神の応答は〈89〉。

▽〈11〉、「祭壇奉献のための献げ物」は、全き献身を表す。

▽毎週の主日礼拝も、毎回、新しい心で、感激と喜びをもって「アーメン」と応答。

それこそが「霊と真理をもって礼拝」することです〈ヨハ4:24〉。

 

感謝と喜びの伴う礼拝

▽マラキの時代、イスラエルは堕落し、偽りの献げ物で、形だけの礼拝をする。神は、民の礼拝を喜べないし、受け入れられないと言われた〈マラ1章〉。

▽「罪深い女」は、後から、イエスの足を涙でぬらし、髪の毛でぬぐい、接吻し、香油を注いだ。イエスは「あなたの信仰があなたを救った」と〈ルカ7:50〉。

イエスの十字架と復活によって救われた喜びと感謝をもって、毎週くり返しささげる礼拝を主は喜んで受け入れてくださる。〈ヨハ4:23〉

2017.9.17.       礼 拝

 

Ⅱテモテへの手紙 4:6-8(p394)       「タスキをつなぐ」

 

人生は一人で黙々と走る「マラソン」のようだと例えられることがあります。しかし、信仰の歩みは個人競技ではありません。一人ひとりがタスキをつないでいく「駅伝」のようなものなのです。

 

1.主は走りとおさせてくださる

ゴールまでの道のりを考える時に、ふと途方に暮れることがあります。それは、自分自身に完走できる力があるかと心配になるからです。主はそんな私たちに力を与えてくださいます。共に走り、心が折れそうな時には励ましてくださるのです。

 

2.主は信仰を守り抜かせてくださる

パウロは「信仰を守り抜きました」〈7〉と語っていますが、彼の力だけでできたのではありません。彼の信仰の歩みは困難の連続でした〈Ⅱコリ11:23-27〉。しかし、主はどのような場面でも彼を守り、最後まで主に従い続ける者として信仰を守り抜かせてくださいました。

 

3.主はタスキをつながせてくださる

この手紙はパウロが書いた最後の手紙です。世を去る時が近づいてきたのです〈6〉。ですが、彼の信仰はここで終わりではありません。テモテへと受け継がれていくのです。私たちは途中でリタイアとなってしまうのではなく、タスキをつなぐことのできる祝福に与っているのです。

 

人生の中心にはいつも「主」がいてくださることを覚えていきましょう。そして、あなたが前の人から受け継いだタスキを大切に次の人へとつないでいきましょう。

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