聖書のメッセージ

2019.6.16.       ピクニック礼拝   

 

箴言1:7(P990)       「はじめの第一歩」

 

「はじめの第一歩」は私たちの人生の中でとても大切なものだと言えるものです。聖書はその中で『主を畏れる』ことこそがはじめの第一歩だと教えています。なぜ、私たちは主を畏れる必要があるのでしょうか。

 

1.主は私たちを造られたお方

この世の中にある全てのものは主によって造られました。私たち人間も主によって造られたものです。決して偶然に存在しているのではありません。一つ一つの事柄を整え、愛をもって形造ってくださったのです。

 

2.主は私たちを導いてくださるお方

主は私たちの人生の全てをご存知であり、どのような時にも変わることなく導いてくださいます。危険を避け、安全な道へと導いてくださるのです。決して創造して終わりではなく、今もなお関り続けてくださっています。私たちは主の声に耳を傾け、従って歩むことが大切なのです。

 

3.主は私たちを成長させてくださるお方

私たちは主によって知恵を得ることができます。また、その中で成長していくのです。成長と聞くと若い人たちだけに当てはまるように感じますが、年齢は関係ありません。何よりもまず主を知ることを求める者となりましょう。そして、主によって成長させていただきましょう。

 

『主を畏れることは知恵の初め』。主を知り、主を畏れることが何より大切な第一歩です。今日もこのことから一歩を踏み出す者となりましょう。

2019.6.9.       ペンテコステ礼拝   

 

使徒言行録2:37-42(P216)       「賜物として」

 

悔い改めなさい。…そうすれば、賜物として聖霊を受けます〈38〉。

 

聖霊の現われ

使徒言行録2章の始めは、聖霊が降る場面です。炎のような舌が分かれ現われ〈3〉人々の上に降りました。この劇的な瞬間を目の当たりにした人々へ、ペトロは福音を語ります。このメッセージを聞いた三千人の人が救われ仲間に加えられます〈41〉。

この時から、聖霊は身近な存在です。

 

聖霊は満たし

聖霊に満たされたペトロは語ります〈14-42〉。人々が十字架へ付けて殺してしまったイエス・キリストを信じるように促し、悔い改めることを勧めます。聖霊には罪を示し、悔い改めへ導き、主を証しする力があります。私たちは満たされ続けることで、力を得ることができます。

一度、聖霊のバプテスマを受ければ終わりではありません。継続する必要があります。

 

賜物として

聖霊を受けるには、努力して求めたか?熱心さがあるか?は関係ありません。「悔い改め、洗礼を受け、罪を赦してもらう」ことが条件です。賜物として神様が私たちに与えてくださるからです〈38〉。

この約束は時代を経ても変わりません。主に期待して、満たされ続ける者となりましょう!

 

お祈り 天にいます父なる神様、御名を崇めます!聖霊が聖書の時代だけでなく、今日も私たちに現われ、満たし続けてくだる約束を感謝します。いつも分かるようにしてください。イエス様の御名を通して祈ります。アーメン

2019.6.2.       ウェルカム礼拝   

 

民数記21:4-9(P249)       「青銅の蛇」

 

民の不信仰 

▽エドム人に反対され、迂回したため〈20:21〉、民は疲れ切った〈4〉。

▽〈5〉忘恩の民。モーセに逆らい不満を言う。

・「粗末な」はここだけにある語。語源は「軽蔑する」。

▽憐みの神――〈詩105:39-41〉

 

青銅の蛇

▽〈6〉不信仰をくり返す民に、主は炎の蛇(毒蛇)を送られた。

▽〈7〉民は悔い改め、モーセがとりなしたので、主は助かる方法を示された。

▽〈8-9〉旗竿の先に掲げた「青銅の蛇」を仰ぐ。

 

イエスを仰ぎ見よ 

▽この青銅の蛇はイエスの型――〈ヨハ3:14-15〉

▽十字架にかけられたイエスを仰ぎ、救い主と信じる。

神は愛を示された。〈ロマ5:8〉

わたしたちは、この御子によって、贖い、すなわち罪の赦しを得ているのです。御子は、見えない神の姿であり、すべてのものが造られる前に生まれた方です。(コロサイ信徒への手紙114-15節)

 

まず、神の御子イエス様は「見えない神の姿」です。それはイエス様が見ることのできない神様を、私たちが見ることができるように、私たちと同じ人間となってこの地上で生活してくださったということです。だからイエス様は「わたしを見た者は、父を見たのだ」と言われました(ヨハ149)。また「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた」(ヨハ114)とあります。

次に、イエス様は万物の造り主です。イエス様は「すべてのものが造られる前」からおられ、「万物は御子において造られたからです」(同16節)。

神は人を創造なさる時、「わたし」ではなく「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう」と言われたことに示されています(創126)。

そして、イエス様は、私たち一人ひとりの罪を贖い、赦すために十字架に釘打たれ、尊い神の小羊として命を捨ててくださったのです。それは「血を流すことなしには罪の赦しはありえない」からです(ヘブ922)。

私たちは「以前は神から離れ、悪い行いによって心の中で神に敵対していました」(コロ121)。しかし、神は御子の「十字架の血によって平和を打ち立て、御子によって、御自分と和解させられました」(同120)。

2019.5.26.       礼 拝   

 

コヘレトの言葉3:9-15(P1037)       「神が与えた時」

 

何事にも時があり〈1〉という言葉が書かれているように全ての人が「時」の中を生きています。そして、その時は神が造られ、私たちがただ受け取っているだけなのです。神は私たちにどのような時を与えて下さっているのでしょうか。

 

1.最も良い時

なぜ、どうしてと思うのはよくあることです。そんな私たちに主は励ましを与えてくださいました。主は最も良い時を与えてくださるということです〈11〉。使徒パウロも主は全てのことを良くしてくださることを知っていました〈ロマ8:28〉。現実を悲観するのではなく、まず主を見上げる者となりましょう。

 

2.喜び楽しむ時

多くの人たちがいつも喜んでいたいと願い、探し求めています。しかし、その答えは私たちの近くにありました。それは当たり前の日常の中です〈13〉。この時を見逃してはいないでしょうか。日々の当たり前を感謝しつつ、喜び楽しむ者となりましょう。

 

3.神を畏れる時

神の計画は何があったとしても変わることがありません〈14〉。また、人が左右できるものでもないのです。全ては主の御手の中にあります。このお方を畏れる者となりたいのです。決して恐怖に感じるという訳ではなく、日々主を信頼し、心からの礼拝を献げていきましょう。

 

私たちは今日も「神が与えた時」の中を歩んでいます。どのような時にもただ信頼し、全てを委ねて進んで行きましょう。

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