2012.3.4.  創世記17:1  「全能の神」

2012.3.4.              礼 拝

創世記17:1(P21)        「全能の神」

 

Ⅰ.私は全能の神〈17:1〉(われは……全能の父なる神を信ず)

▽ アブラハムが初めて神の声を聞き、神が示す地に向かい、ハランを旅立ったの

は75歳の時〈12:1,2,4〉。しかし、その後長い間、子どもは与えられませんでした。

▽ 85歳になって、神は再び彼に現われ、彼に約束され、彼はそれを信じて義と

認められます〈15;:5,6〉。しかし、それでもなかなか子どもは与えられませんでした。

▽ 99歳になって、神は初めてご自身が「全能の神」だと宣言されました〈17:1,2〉。

▽ 神は彼が1OO歳になるのを待っていました。それは彼の可能性が0(ゼロ)になるためです。

※ 全能の神と有限の人間が向かい合う時、絶望の淵にある時が、全能の神の出番です。

 

Ⅱ.主に不可能なことがあろうか〈18:14〉

▽ アブラハムはみ言葉が信じられず密かに笑いました〈17:17〉。サラも同じです〈18:12〉。

二人とも主の前にひれ伏して礼拝しながらも、現実を見て、心の中で笑ったのです。

▽ 主が「主に不可能なことがあろうか。」と言われたのは、二人が密かに笑ってい

た時です。(地中海の離島が旱魃(かんばつ)の時の話)

※ 目の前の現実に捕われると、人間の常識と感覚が邪魔(じゃま)をして信仰を失います。

 

Ⅲ.力を捨てよ〈詩編46:11〉(力を捨てよ=静まって。やめよ)

▽ この作者は「たとえ天地がひっくり返っても、恐れません。」と告白しています〈2-4〉。

しかし、弱い私たちは、心が揺れ動く時があります〈7〉。

▽ 不安に怯(おび)え、恐れる私たちに主は「力を捨てよ」と一喝(いっかつ)されます。

「肩の力を抜き、主に信頼して、焦っている心を全て捨てなさい。」ということです。

▽「やめよ」とは、自分の手を引き、重荷を下ろし、主の御手に全て任せよということです。

※ 全能の神に全てを任せ、待ち望みましょう(イザヤ40:31)。

 

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