「イエスを負う」

2018.4.8.       聖餐式礼拝

 

イザヤ46:3-4(P1137)       「イエスを負う」

 

イエスはどこに?

▽神戸淡路大震災や東日本大震災の時、「イエスはどこにおられたのか」、「イエスは何をしておられたのか」と、考えさせられるほど辛い出来事でした。しかし、

▽「あれは神の裁きである」と言って、災害ですべてを失い、身も心も傷ついている被災地の人々の傷口を広げるようなクリスチャンがいたことに驚かされました。

▽イエスは天から地を見下し、ただ眺めておられるような方ではありません。愛する家族や家財を無くして、悲嘆に暮れる人々と共に涙を流しておられたはずです。

 

イエスを負う

▽「イエスは涙を流された」〈ヨハ11:35〉。聖書中一番短い御言葉です。イエスは愛する兄弟ラザロを失った姉妹の悲しみを共感し、断腸の思いをされました〈同33〉。

▽被災地の牧師やクリスチャンは「今は伝道する時ではない。目の前の人々のために働くことだ」と、被災地にある教会として協力し、立ち上ったのです。

▽被災地の方々は、クリスチャンたちを「キリストさん」と呼ぶようになりました。ある牧師へのおばあさんのことば「いいんだよ。あんたらキリストさん背負ってっから」。

 

十字架を負われたイエス 〈イザ46:3-4〉

▽私たちが「自分の十字架を負って」イエスに従う前に、イエスは私たち一人一人を背負ってくださった。(フット・プリント)。主はいつまでも変わることはありません。

▽神を見ることはできませんが、その御手がどれほど温かいか、どれほど力強いか、それを体験させてくださるのがイエスです。(イザ46:3-4)

 

「十字架を負う」とは、私たちの罪、即ち、私たち自身を負うということです。そのために神の御子は人となられ、いつも共にいてくださいます。(フィリ4:5-7)

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